壱頁劇場すぴのべ
私は出版社勤務の二十六歳、葛城美晴。仕事で夜中までかかることもしょっちゅうだけど自分で選んだ仕事だし、やりがいもあるわ。恋人は銀行のエリートサラリーマン。不満はお互い仕事が忙しくて会う時間が少ないことくらいかな。
「ない! ないわ! どうしよう!」
私の携帯どこにいったの? あれがないとお仕事ができない。データがすべてあの中に入っているのに。いつもデータはバックアップするようにしているから問題ないけれど、携帯を人に見られると困るのよ。まあロックは掛けてあるから大丈夫だとは思うけど。
「これだろ、なくした携帯」
エリートサラリーマンの恋人、圭介さん。
「圭介さん、どうもありがとう。助かったわ」
ところが圭介さんは、携帯を私に返そうとせずに、手の届かない高さまで持ち上げてひらひら振って見せた。
「何するの? 返してちょうだい」
「電話番号下四桁を反対に入力するのは結構誰でもやってるぜ。危機管理が甘いな」
「携帯のロックを解除したのね……」
圭介さんはにやりと笑いながら続ける。
「僕たちの想い出の場所は山の中のコテージだぜ。海の見えるホテルじゃないなあ」
「……」
「これによると君の仕事は僕の知っている出版社勤務だけじゃなくて、他に残業続きの大手企業OLと、売れない女優。どれも忙しそうなお仕事だ。恋人は僕が銀行員、その他一級建築士と弁護士。よりどりみどりだねえ」
「……データを見たのね」
「ほとんど毎日デートが詰まっているじゃないか。スケジューリングうまいな」
「……結構大変なのよ」
もう私はどうにでもなれと、やけっぱちで答えた。
圭介さんはここで声の調子をがらりと変えてこう言った。
「ところで、僕の仕事が間違ってるよ。僕の仕事は銀行員じゃない。」
「えっ」
「実は僕はきみと同業なんだ。ジゴロだよ。でもスケジュール管理が苦手で、ダブルブッキング続き。そこで君の出番だ。僕のデートのスケジュール管理もお願いしたい」
私はふうっと息を吐いた。それから今までで一番の会心の笑みを見せてこう言った。
「……圭介さん、私たち、うまくやっていけそうね」
「あたりまえだろ。こんなに愛し合ってる二人なんていないぜ」
そして、私たちはいつ終わるともしれない、激しく情熱的な契約のキスを交わしあった。