壱頁劇場すぴのべ
昼過ぎから歩き回って、彼がその家をやっと見つけたときはもう夕闇が迫ってきていた。そこはこじんまりした、古びた日本家屋だった。
「ここだ」
家の前に立ち尽くしている青年の、マフラーを巻いていない首筋は、いかにも寒そうに赤くなっていた。彼はポケットから手をだしてその表札に触ろうとして、思い直したようにポケットに突っ込み直した。
呼び鈴の前で押そうか、押すまいかしばらく逡巡していたが、決心がつかなかったらしく、彼は歩き出した。
家のぐるりを回って、裏木戸を見つけた。鍵を閉め忘れたらしく半分開いている。彼は導かれるようにそうっと裏口から裏庭に入って行った。
彼が家を見上げた時、ちょうど二階の灯りが点いた。窓のそばに女性のシルエットが浮かび上がった。
「……優美子。一人で……すまなかった」
青年の冷え切った頬に一粒暖かいものが流れ落ちた。
そのとき、子供が女性を呼ぶ声が聞こえた。
それに応えるように女性の笑い声。
窓を見上げていた青年はその声に驚いたかのように、ピクリとも動かなくなった。窓には女性と、彼女にまとわりついてはしゃぐ小さなシルエット。そしてかすかに聞こえる子供の笑い声。
長い間青年は窓に映る二人を見つめていた。そして安心したかのように、笑みをこぼした。暗い冷え切った空気の中で、そこだけ灯りが灯ったようだった。