だから、待ってるから
ばっかだなぁ、というのが今の率直な気持ちだ。
明日帰ってくる俺を待ちきれなくて、一人で夜中のコンビニにケーキ買いに出掛けてひき逃げされた?
ベッドに寄り添っている俺の前で目覚めることもできずに、過去の入社前の俺のところまで逃げていって、そこで泣きをいれてきた?
指輪を選んでほしい、はめてほしい、なんて俺には一言も言わず、
「大阪と東京で離れているから選べないでしょ。いいよ、勝手に選んどくから。男の人だから指輪するなんて恥ずかしいでしょ。しなくっていいって」
って言っていたのは、一体誰だ?
プロポーズしようとしたら逃げ回って電話にも出ず、結局お義母さんに言う羽目に陥れたのは、一体誰なんだ?
技術のスゥちゃんに義理立てしたなんて言い訳、聞きたくないぞ。
確かに彼女に告白されたよ、車に乗せてやったことも何度かある、それをおしゃべりの東京総務の女史に告げ口されてたんだろ?
知ってるよ、女史はこっちにも言いに来やがったから。
わかってたんなら俺に聞けばよかったじゃないか。そしたらいくらでも言ってやるし、言い訳だってするつもりだったんだ。
ちゃんとした理由があるんだから。
結婚してもう9年だぞ。その執念には畏れ入るよ。
一言、一言いえばよかったのに。
大体、技術のスゥちゃんは、俺が断ってから五人は男を変えてるぞ。どうせ、そっちは総務の女史に教えてもらってないんだろう。
それを変に勘違いして、「私は関西でお見合いして結婚するの」って、毎週のようにお見合いしてたのは誰だよ。それで結婚が遅くなって、オフクロサンたちがぶちきれたんじゃないか。
お見合いを繰り返すオマエをみながら、俺がどれだけ辛かったか、なんて知りもしないんだよな、オマエは。
ばかだよ、オマエは。
スゥちゃんって呼ばれるのがいやなら、きちんと言えばいいじゃないか。小学校からずっとスゥちゃんだから愛着があるのよね、なんて言われたら、祐子なんて呼べないだろうが。
ホントにばかだよ。
事故で頭打ってるのに、あんな大声で寝言言いまくりやがって。恥ずかしくて、お義母さんたちも逃げていっちゃったぞ。
そうだよ、思い出したよ。
あの大学院のときの俺の誕生日、オマエが来たんだよな。
どうして忘れていたのかはわからない、どうやって来たのかも。そこだけは神様っているのかも、って思ってるよ。
だけど、もう一度言わせてもらう。
オマエがぐだぐだ悩んでいることなんか、本当にくだらないぞ。
どうしても割りきれないんなら、一発殴らせてやるよ。
それから指輪を買いにいこう。
なんならネックレスもつけてやるよ。
ピアスはだめだぞ、痛いのは駄目だ。
プロポーズだって何回でもしてやる。
毎日だっていいよ。
オマエを愛してる。
だから、そろそろ目をさませよ。
医者は事故の傷も、脳波も、もう心配ありません、って言っているんだ。医者の言うことを信じろよ。
もう目が覚めたら悲しい思いはさせない。
約束する。
12時になったら目が覚めるだろ?
だから、待ってるから。
祐子……。