だから、待ってるから
百貨店を出て通りを歩いているとき、俺の腕に手を絡ませながら、彼女が言った。
「これでちょっとは似合いのカップルに見えるようになったかな?」
本気かオバサン? いったい何を考えているんだ?!
心の中で突っ込んだ時、すかさず彼女がこう言った。
「今、遼クン、本気かオバサンって考えたでしょう!?」
艦長、わかりました。コイツは妖怪サトリです!
「ペナルティー! 今から私のこと、祐子って呼ぶこと!」
「はぁあああ?!」
俺は鼻から息を吹き出した。エクトプラズムも出たかもしれん……。
「嫌ならユウチャンでもいいけどぉ?」
オバサンなんて呼ばせないもん、とブツブツ言っている。
「……祐子さん……」
俺は必死に声を絞り出す。血液が逆流しそうだ。
「だめー、祐子チャンって呼んでみて?」
「…………祐子……」
「ふふーん、ヨクデキマシタ」
俺は彼女の顔を見ることができなかった。
駅前のコインロッカーに俺の愛用衣料の入った紙袋を入れて、俺たちは電車に乗り込んだ。
今や気分は矢沢永吉だ。マイクでもタオルでも振り回せそうだった。
だめだ、こんなことでは。すっかり彼女に主導権をとられてしまっている。冷静にならなくては。いつもの俺を取り戻すんだ。
「ところでどこに行くんだ?」
この女、東京初めての割には迷いがないよな。
「神田の古本屋街」
即答したな?
「こんな格好で、行くのは古本屋街?」
「うん。おいしい焼き林檎を出してくれるロシア料理があるのよね? お腹空いたでしょ、お昼にしましょうよ」
確かに焼き林檎を出してくれるロシア料理の店はある。俺も一度行ったことがある。おいしかった。俺は林檎が大好きなんだ。でも、どうしてこの女が知っているんだ?
「その後はどうする?」
「んー、ぶらぶら冷やかしながら見て回りましょうよ。お勧めのお店教えてね」
「アンタ、俺が神田に詳しいってどうして知ってるんだ? それに東京は初めてじゃなかったのか? やけに詳しいじゃないか」
「アンタじゃなくって、祐子よ。ユウコ。呼んでみて?」
「……」
はぐらかしたな。
警戒レベルがイエローゾーンに突入したのを感じながら、俺はだまり込みを決め込んだ。
「焼き林檎屋さんってどこにあるの?」
「アンタが知ってるんじゃないのか?」
艦長、焼き林檎屋じゃなくてロシア料理のお店です。焼き林檎は食後のデザートです。それにこの女、自分の行きたいところの場所も知らないのに、俺を誘っています!
「アンタじゃなくて祐子よ。今度アンタって呼んだらペナルティね。それから私、お店があることは知ってるけど、場所は知らないわよ。私、方向音痴だもん。連れてってくれるのは遼クンのお仕事デス」
平常心を取り戻すのにしばらく間が空いた。
「……ロシア料理の店には連れていけるが」
「さっすが遼クン! さ、早く行きましょう。お腹空いちゃった」
そう言って微笑む女の顔を何故か見られず、俺は目を反らしてしまった。
何故俺はこの女の言うことをきいているんだろう。
洋服を買ってもらったからか?
もともと欲しくも何ともなかった洋服だけど。
親戚で年上だからか?
顔も知らない他人同然の付き合いしかなかったけど。
親友でも知らないような俺のことを知っていたからか?
確かに気味は悪い、謎解きはしたい。
でもどうして俺は今ここにいる? 気味が悪いような女につきあって?
面白がっていたはずなのに、俺の心のなかに他の理由があるようで、なぜか深く突っ込んで考えるのが怖かった。