だから、待ってるから
「ホテルでディナー、夜景の見えるホテルでディナー」
さっきから彼女は上機嫌に繰り返している。
彼女の旦那はあまりこういうところに連れてこなかったのか?
「なにいってるの。来たことないのは遼クンでしょう。私はいっぱい連れてきてもらったわよ。彼、すごく優しいんだから」
何故俺はここでノロケを聞かなくてはいけないんだろうか。艦長、教えてください。
「でもねぇ、遠距離恋愛を10年も続けたのよ」
そいつは凄い。
「だから普通に会社帰りのデートっていうのにあこがれてたなぁ。会社の帰りに待ち合わせて、っていうの一度もなかったもんね」
そんなもんですかね。一介の学生にはわかりません。
「ふふふ、遼クンは相変わらずね。……ま、いいか、お願い事、何もかも叶ってしまったら却って面白くないかもね。さ、行こう」
もう俺は彼女に腕を組まれるのにも慣れてしまった。
初めて入った高そうなホテルだった。絨毯がふかふかして歩きにくいこと、この上ない。
「何か負け惜しみ考えてるでしょ、うふふ」
艦長、やっぱりこの女は妖怪サトリです。
ホテルでディナー、はさすがにおいしかった。フォークは外側から使っていけばいいのよねぇ、なんて彼女がつぶやいてくれたから、マナーにまごつくこともなかった。
肉料理の皿が下がり、後はデザートだけとなったとき、彼女がおもむろに切り出した。
「ねぇ、さっきの指輪はめてくれない?」
紙袋を差し出される。
いやいや、ソレはさすがにまずいでしょう。
「これが最後のお願い。ね?」
彼女は、ビクターの犬のようにこちらを見ている。
「これが終わったら種明かしするから……」
「……本当だな?」
艦長、降参です……。
「きちんと祐子って呼んでね」
悪魔が微笑んでいるような気がした。
レストラン中が俺に注目しているような、そんな錯覚をおぼえた。非常に居心地の悪い時間だった。もう二度とこんなことはごめんだ。
その元凶はニコニコしながら、左手を本当にうれしそうに眺めている。アイスクリームがとろけそうだ。
そんなにうれしいもんかね、と心で毒を吐きながら、俺はデザートを平らげた。
「うれしいわよ、やっと、彼氏が選んでくれた指輪をはめてもらえたんだもん」
「ハイハイ、それじゃ、種明かしといこうか」
「相変わらずムードないなぁ。待って、食べ終わるから」
苦笑いしながら、嫌味のように彼女はゆっくりゆっくりスプーンを口に運んでいた。