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ケーキと花束

桐原草さんは、『箱入り娘』と『ケーキ』が出てくる恥ずかしいお話を書いてください。

 「なあ、どうしたらいい?」
 しがらみと意地が災いして引き受けざるを得なかった生徒会書記。生徒会長がまたイマドキの草食系メガネ男子(統率力ゼロ)。生徒会長は絵画部、副会長がブラスバンド、書記の私が文芸部。ナニ? この文系草食系トリオは? もっとほかに人選あるでしょう、サッカーとかバスケとかしてそうな牽引力抜群の肉食系男子が!
 でも決まってしまったものは仕方ない。三人ともあがり症で人前に立つのは大嫌いだったけど、お互いがお互いの補佐をして何とか任期も残り一か月。よくやったよ、三人とも。自分で自分をほめてあげたいよ。
 あとはつつがなく文化祭を終えれば晴れてお役御免。今日も貴重な放課後をつぶして生徒会のお仕事。副会長は文化祭前の抜けられない音楽活動のためお休みなので、生徒会室には私と会長の二人きり。目の前の決めなくちゃいけないことリストを機械的に処理して、分類していたら、同じように作業していた会長がいきなりため息をついた。

 てっきり文化祭関係だと思って顔も上げずに返答する。
「地歴部と写真部がまた問題を起こしたんですか? 体育館の使用は認められませんよ。運動系のクラブで一日中使うんだから」
 そんなに広いところが欲しければ廊下に貼ったらどうですかね、と言おうとしたところでなんだかいつもと雰囲気の違う生徒会長に気づく。
「そうじゃなくて、……桃子さんのこと。この間手伝ってもらったからお礼をしたいんだけど、何がいいと思う?」
 メガネの向こうで恥ずかしそうに外された会長の目がすべてを物語っていた。
 ――ああ、この二人、やっぱり相思相愛だったんだ。
 胸の奥でチリッと音を立てて痛むものがあったけれど、それはあえて無視の方向で行くことにする。各個人の思惑にかかわってちゃ決まるものも決まらないっていうのは、この何か月かでいやというほど経験済み。あたしも図太くなったもんだわ。
「桃子はケーキとか甘いもの大好きですよ。……あの子は箱入り娘で、少女マンガのような恋愛にあこがれているんですから、大事にしてやってくださいよ」
 桃子はあたしの中学校からの友人。大人しくて、清楚で、いいところのお嬢様なんだけど、テニスのコートに入ると人が変わったみたいに豹のようにしなやかな肉食系に変貌する。そんなところが面白くてよく試合も見に行ってる。
 普段は引っ込み思案な桃子が「生徒会のお仕事手伝いたいの」なんて言うし、生徒会長は「一緒にテニス部の試合見に行かないか」なんて言うからどうしたことかと思っていたけれど、そういうことですか。
「会長が自分でケーキを焼いてあげるなんてどうですかね? 男性の手作りケーキなんて感動すると思いますよ。なんせ乙女チックなこと大好きですからね」
 ――あたしは一年間お世話してますけどお礼なんていりませんよ、お気遣いなさらずに。
 胸の中で小声で毒づいておく。桃子のことは大好きだけどこれからは少し距離を置こうかな。あたしと並ばれるとこっちは確実に引き立て役になっちゃうもんね。
「男がケーキをプレゼントするなんて恥ずかしいだろ」
 生徒会長のメガネの奥で大きな丸い目がくりくりしてる。ホント、今時珍しい純粋培養だわ、この人。決して文芸部や漫画研究会を見学に来ちゃイケマセンよ。あそこでの会話なんて聞かれて日にゃ、恥ずかしくて悶え死ねる。やはりここはもう一段盛り上げておくべきよね。そして明日の創作活動のネタにでもしなきゃ、やってられないわよ。
「何言ってんですか。女の子はみんな初めての告白にはすごく憧れがあるんですよ。好きな人が自分のためにしてくれたことなら、どんなに恥ずかしくても大丈夫。……それにここだけの話、桃子もたぶん会長のこと好きですよ。だから思い切って告白を盛り上げちゃってくださいよ。文化祭の日にバラの花束と手作りケーキなんて素敵ですよ」
 よく同人誌なんかに載ってる「痛い子をみるような遠い目」ってヤツであたしも会長を見てやった。ここまであおっておけばちょっとは楽しませてもらえるだろう。この顛末を話してやれば麗花あたりが素敵なBLに仕立ててくれるに違いない。……多分あたしが麗花にしゃべることはないだろうけど。
 胸が苦しくなってきたので、適当にトイレに行くふりで生徒会室を離れた。

 あわただしく過ごしているうちに文化祭の当日になった。あれっきり会長と桃子の話はしなかった。あたしは桃子に「文化祭の日はいいことがあるかも」とだけ言って、あとはノータッチだった。だって自分のクラブの作品やら、文化祭スタッフの仕事なんかでひとのことにまでかまっている余裕がなかったのだから。
 文化祭当日、パトロールも兼ねて校内をぶらぶらしていると赤い顔で興奮した麗花が向こうから走ってきた。
「ろうかは走らないようにしましょう」と、小学生のような口調で声をかけると、麗花は顔を上気させたまま噛みつくようにいった。
「生徒会長の想い人ってだれ?」
 想い人! 知ってるけどもちろん言うわけにはいかない。つらいところよねえ。今日あたり会長が行動を起こしてくれると思うけどねえ。
 あたしの煮え切らないぬるいへらへら笑いをぶった切る勢いで、麗花は「絵画部に来て!」とあたしを引きずっていく。
「生徒会長が絵画部で何か面白いコトしたの?」
 バラの花束とケーキをまさか本気にしたんじゃないでしょうね。あの純粋培養の会長ならあり得るかも。うわあ、桃子でなくても引いちゃうわよ、やめさせなきゃ。
 あたしはちょっとワクワク、ちょっとヒヤヒヤで絵画部までの廊下を走っていた。

 絵画部の展示は一部分だけ黒山の人だかり。どうしたんだろう、まさかヌード? 脳内をこじ開けられたら回れ右をして逃げ出すようなことを考えながら、人だかりをかき分けて目的の展示の前に到達して――言葉を失った。
 それはバラの花束を腕いっぱいに抱えて座っている女性の油絵だった。窓から差し込む光を描いて顔はぼやかしてあるけれど、きっと桃子が微笑しているところに違いない。女性の前のテーブルにはケーキが切り分けられている。見ていても胸が熱くなるような、女性への愛情にあふれたすばらしい絵画だった。

 ――やられました、会長。
 あたしは「誰だろう、この女性」「生徒会長の想い人だよね?」と勝手に盛り上がっている面々からそっと離れて、廊下を一人戻っていった。

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