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まもるくん

本日のお題は『逆わらしべ長者』『心の優しい悪女』『幸せを呼ぶ貧乏神』(お題は、あいうえお順)。書き出し又は序盤で『X(エックス)』などの意味不明の単語を調味料に使用した奇妙な味の作品、そんでもって後味の悪くない作品を創作して下さい。補助要素は『人生万事塞翁が馬』です。(お友達のミヤーンさん作のお題です)
またもう一つのお題は、谷山浩子さんの曲の中でも難解な「まもるくん」をつかって作品を作るというものでした。(まもるくん企画参加作品)

 洋服タンスを開けたら中でまもるくんが伸びをしていた。
 
「XYZZZZ!」

 いきなりで驚いたので思わず力一杯閉めてしまった。
 どうしよう、まもるくんの指挟んじゃったかも。恐る恐るうかがったけど引き出しに指が挟まっている気配はない。
 さすがにもう一度開けて確かめる勇気はない。三歩ほど離れたところからしばらくタンスを凝視したが何も起こりそうになかったので、とりあえず水を飲んで落ち着こう。
 
――いやあ、まもるくん、とうとう見ちゃったよ。やっぱりいるんだ。
 インターネットでは掲示板が次々に炎上するくらい話題沸騰しているまもるくんだが、現実の生活ではなぜかまったく話を聞いたことがない。
 ユミと学校帰りにロイヤルデラックススイーツパフェを分けっこしながら、「そういえばネットで凄い噂になってるまもるくんだけどさあ」と話を振ってみたのだが、答えはやはり「なにそれ? アンタときどきヘンな事言うよね」だった。
 ネットで話題になっていてもリアルではその話をしないことはよくあることなのであまり気にしなかったのだが、まもるくんに関してはそれが顕著すぎるような気がする。
 まもるくんを見たという情報を載せる掲示板はあちこちに作られているし、ツイッターで検索すると何ページにもわたってツイートがヒットする。そのどれもが「○月○日○時○分新宿の都庁に向かう動く歩道で前に立つおじさんの肩からまもるくんが生えてきて、ダリアの花を振りながらにこにこ笑っていた」「池袋駅東出口の交番のピーポくんの左耳からにこにこ笑うまもるくんがでてきた」というふうにやけに正確で詳しいのだ。まもるくんまとめページだっていくつもある。
 けれど、誰かとまもるくんの話をしたことは一度もない。「まもるくんってさあ」と持ちかけてみても、みんなユミのように本気でわからない顔をするだけだ。一日に一時間ほどしかネットサーフィンしない私と違って、ネット廃人としかいえないような友人だっているにもかかわらず、だ。 

――私もついにまもるくんを見ちゃったのね。掲示板に投稿しようかな、それともツイッター?
 そんなことを思いながら水を飲もうとコップに口をつけて――まもるくんと目が合った。

「○×△ー!」

 お気に入りのマグカップの底ににこにこ笑うまもるくんがいたのだ。カップが割れて破片が飛び散り、足首をかすめた。血がじんわりにじんできた。
 呆然自失状態の私に「何呆けてんの」と冷ややかな母上の一言。「いまコーヒーカップの中にまもるくんが」と大声で叫んで助けを求めたら母上は「誰、それ? アンタの彼氏? 何? つきあってんの? カップくらいならいいけど高価なものもらっちゃダメよ。抜き差しならなくなって困るのはアンタなんだからね。一度つれてらっしゃい。お母さんがじっくり見てあげるから」とまあ立て板に水のごとく、マシンガン放射をぶっぱなしてくれた。
 付き合っている人なんていないと何度も朝っぱらから繰り返させられて(どうしてこんなこと言わなくちゃいけないのよ!)、さすがの私のHPも削られっぱなし。
 登校途中に、密かにお慕い申し上げている長谷川先輩の後ろ姿を拝むまで復活できなかった。ああ、長谷川先輩、癒し系だわあ。じんわりヒール効果が体に広がっていく……。

 でも、それからというもの、まもるくんは私の行くところ行くところについて回るようになった。家の中だけじゃなくて学校でも、クラブでもお構い無し。掲示板で読んだときには確か一度見たら終わりで二度見ることはないということだったのに、どうしてこう何度も現れるんだろう。
 数学のテスト中にテスト用紙からまもるくんが生えてきたときには、入学祝に買ってもらったシャープペンシルを踏んづけて壊してしまった。テスト中に立ち上がるなって試験監督の鬼カツ(名前が勝則だから)には怒鳴られるし、テストには集中できないしで、もうさんざんだった。
 財布の中から出てきたこともあった。いつもの電車に乗り遅れて焦ってた日で、そんなときに限って部費の締め切りを思い出してしまったんだよね。電車待ちの人でプラットホームはすし詰め状態。こっそり財布を出してお金の確認をしようとしたとき、前に並ぶサラリーマンのおじさんの背中からまもるくんが。ひょえって叫んだところに、狙ったかのように快速急行が通過していって、愛しの一葉さまは風に舞ってヒラヒラ。うう、私のもらったばかりのお小遣い。
 でもやっぱり、教室でも、駅でも、他の人たちはまもるくんを見ないふりしてた。隣の席のクミコは私のテスト用紙を凝視してたし、駅で私の後ろに並んでたOLのお姉さんだって一部始終を見てて慰めてくれたもの。まもるくんに気づいていないわけないと思う。

 そういえばだんだんまもるくんの被害が大きくなってきているような気がする。お気に入りのコーヒーカップ、入学祝いのシャープペンシル、一ヶ月分のお小遣い五千円。
 こういうのなんて言うんだっけ、わらしべ長者はだんだんお金持ちになっていくから、逆わらしべ長者? いや、シャレにならないわ。気を付けないと大金失くしそう……。

 そして悲劇が起こったのはそのすぐあとだった。

 その日のクラブは特別だった。我が弱小理科部部長の長谷川先輩が顧問に頼み込んでくれて、やっと電子顕微鏡を使えるようになったのだ。
「五万円もしたんだぞ、ほらここにモニターがあってこれで全員が見られるんだ」メガネザルと呼ばれている顧問の北村先生は唾を飛ばしながらまくしたてている。たかだか四人の部員だが全員で同じものが見られるのはちょっと嬉しいかも。
モニターの写りもなかなかいいし、長谷川先輩が水族館長の叔父さんから、この日のためにわざわざもらってきてくれたプラナリアもかわいい。やっぱり長谷川先輩は癒し系だわ。
「プラナリア、ペットショップで五千円で売ってたで」と田中君が確信ありげに言ったので、みんなの目つきが変わった。「いくつに裂けるか実験してみよう」「四匹になったら二万円や」口々に言い合いながら私が顕微鏡からシャーレを取り出そうとした瞬間、部員全員の肩からまもるくんがニョキニョキ生えてきた! 

「ンンー!」

 その途端五万円也のモニター付き顕微鏡様は私の手から離れて、落下の法則に従ってリノリウムの床へと滑り落ちていった。
 がしゃーんと派手な音を立てて転がっている顕微鏡の残骸を眺めながら、長谷川先輩の肩の上でヨガの蓮のポーズをとって瞑想していたまもるくんが、私の頭から離れなかった。

――あんなにいっぱいまもるくんがいたのに誰もまもるくんに気づかなかった。
 
 気分が悪くなってしまった私は保健室で休ませてもらっていた。顕微鏡は一応修理に出すらしいが、きっと無理だろうと思う。弁償しないと。逆わらしべ長者だとしても、五千円の次が五万円とは値上がりすぎでしょう。このまま値上がりしていったらどうなるのだろう。私は悲惨な未来設計図に頭を抱えた。
 五十万まではなんとか両親に頼めても、五百万になると……背中の大きく開いたドレスで男の人にお酌している姿が浮かんだ。悪女とか女狐とか呼ばれて、お金のためにどんなことでもしてるんだ。政治家の人なんかと浮き名を流したりして。
 私は良く言うと空想家、考え始めるとその事に夢中になって他のことが目に入らなくなることが良くある。そのときも保健室のベッドに横たわって薄い毛布にくるまりながら考え続けていた。
長谷川先輩がその事を知ったらどう言うだろう、お勤めしている先輩がばったり私のお店に来たりなんかして、
「大丈夫?」
そう、そんな風に心配してくれたら「私はもう以前の私ではありません。悪女と呼ばれるような女になってしまいました」なんて答えたり……

「ぶ、部長!」
「ふうん、キミ、悪女だったの?」
にやにやしながらベッドの私を見下ろしているのは長谷川先輩。うわあ、聞かれてたあ。私は会わせる顔がなくて亀のように毛布に潜り込んだ。
「なんだ、顕微鏡のことで落ち込んでるかと思って、解決策をもってお見舞いに来たつもりだったのに、元気そうじゃない。帰ろうかな」
「いっ、いや、あの、元気じゃないです。帰らないでください」
慌てて布団をはねのけておき上がるが、笑顔の先輩と顔を会わせるのが果てしなく気まずい。ここは話題を変えるに限る。
「あの、顕微鏡は弁償しますので」
「その話は帰り道でしようか。もう大丈夫なんでしょう?」
部長と一緒に帰る? うお、嬉しすぎて鼻血でるかも。まもるくん、いい仕事してくれたよ。
 私は頭の片隅で、お年玉の残りが入っている貯金通帳の残高をなんとか思い出そうとしながらも、思わずこぼれそうになるにやけた笑いを先輩から隠すのに必死だった。

「顕微鏡なんだけどね、やっぱりだめみたいなんだ」
 駅まで半分くらい来たとき先輩はそう切り出した。私は通帳に四万円位は入っていたことを思い出したので、気が軽くなっていた。
「あれは私がいけなかったんです。大事なものだとわかっていたのに。何とかして返しますから」
「それなんだけどね、僕、もう推薦決まっているからこの夏休み暇なんだ。それで叔父の水族館でアルバイトしようと思っているんだけど、キミも一緒にどう? 二人で働けば早く返せるし、お小遣いだってちょっとはできるかもしれないよ。さっき叔父に電話したら、良いっていってたんだけれど」

 その日は どうやって帰ったのか、どんな話をしたのか全く覚えていない。何度もつねったからお風呂で見たら太ももが真っ赤になっていたことは覚えている。

 夏休みに入って先輩と二人で水族館でアルバイトした。私の仕事は主に受付や案内だったけど、先輩は水槽を洗ったり、イルカショーの後の清掃とか、肉体労働も多く大変そうだった。餌をやる時間とか休憩時間には、職員の人たちから病気の魚の見分け方などいろいろ教えてもらえて楽しかった。先輩は将来こういう仕事につきたいらしく、熱心に聞いていた。
 この夏休みの間に先輩との距離はグッと縮まった。バイトが終わる頃には自然な流れで宿題を手伝ってもらったり、遊園地に遊びにいったりできるようになっていた。

 不思議だったのは顕微鏡を壊したとき以来まもるくんを見ていないこと。さすがに顕微鏡の時は落ち込んでいたのでそんな気力もなかったけど、こうしてうまく行くようになった今は、お礼のひとつでも言いたい。でも、探したら出てこない仕組みになっているのかも。
 それなら掲示板に書き込もうと検索をかけても、まもるくんブームが終わったのか、全くヒットしない。掲示板削除されちゃったのかな。
 まもるくんって一体なんだったのかなあ。何度もビックリさせられたし、事件も起こったけど、まもるくんのこと嫌いじゃなかったよ。最後はこうして先輩とうまくいってるし、まもるくんは幸せを運んできてくれる貧乏神様だったのかも。もう一度会えたら拝んでみようかな。

 そう、そんな私のモットーは「人間万事塞翁が馬」です。

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