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「緑町スパイカーズ」

今回のお題は『ケーキ』 『ヘルメット』 『スパイク』です。1000字ちょうどにこだわってみました。

「まずレシーブよねえ」
 エースアタッカーの琴音さんは、駅前「コートダジュール」の一個三五〇円也の高級ケーキを銀紙ごと掴み上げる。持ち味の強烈なスパイクそのままに、豪快な食べ方。繊細に縁取られた生クリームの飾りが一瞬で口の中に消えていった。
「ズバッと言わせてもらうわよ。登代美さん、アンタ、一体どうしたのよ。いつもにもましてひどかったじゃないの」
 頬にクリームをつけたまま声を張り上げたのはレシーバーの要の結希さん。いつも鉄壁の守りを誇る彼女が、登代美さんをじっと見つめている。いつもレシーブの練習を最後までしている彼女だから悔しくてたまらなかったのだろう。その一言に体育館には重苦しい沈黙が垂れ込めた。
 そしてその隣では、このケーキを大盤振る舞いしてくれた登代美さんが、大きな身体を押し込めて小さくなっている。
 先日の試合で我が「緑町スパイカーズ」はぼろ負けしたのだ。これに勝てば地区代表になれるはずだった、落とせない試合で。
 皆が登代美さんを見ている。たしかに彼女は何一ついいところがなかった。交代出来る要員がいるのならすぐさま交代させたいくらいひどかった。そんなにキレのある選手ではないが、いつも明るく、「大丈夫よお」とのんびりした声に「そうだ、又頑張ろう」って気にさせてくれる、我がチームのムードメーカーのはずだったのに。
「あなた試合に集中していなかったでしょう。観客席をちらちら見て気もそぞろって感じだったわ。誰か来てたの?」
 いつも冷静な美紀子さんはあの浮き足立っていた試合の最中にもきちんと観察していたのだ。さすがセッター、恐れ入る。
 反対に登代美さんは目に見えて挙動不審になった。顔が真っ赤に上気して、白いむっちりした指でしきりに汗をぬぐっている。皆の視線に耐えきれなくなったのか、水を一口ゴクリと飲んだ。
「……ヘルメット持って応援してた人がいたでしょう」
「ああ、相手チームの応援してた人ね。目立ってたわね」
 どこまでも冷静にセッターの美紀子さんが答える。
「あの人、中学の同級生なのよ」

「わかった、初恋の人なのね!」
 切れ味抜群のセリフで切りこんだのは琴音さん。やはりエースアタッカー、ズバッと決める。
 それからはもう登代美さんを取り囲んで尋問大会。どんな男だったっけ。相手チームのエースを応援してたよね。アンタ、ちょっと負けてるわ。
 負けても勝っても我が「緑町スパイカーズ」は一番だ。

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