壱頁劇場すぴのべ
俺は疲れ果てていた。今回の盗作騒ぎの対処に追われて、もう一週間満足に眠っていない。マスコミ関係に手を回したり、会社に弁明に回ったり、目の回るほどの忙しさだった。
しかしその苦労も報われず、結局は鞠歌が盗作したことを認めざるを得ないらしい。こちらにははっきりとしたアリバイがないのだ。
一週間まとまった休みをこの時期にとったのがおかしいし、スタジオの鍵をライバルのリリカに貸してやったこと自体、何かあるとしか考えられない。合い鍵も持っていたのだから、それを使ってリリカの曲を盗作して、鞠歌の新曲として発表したと考えるのが妥当だと、あちらの敏腕弁護士が申し立てているのだ。
対するこちらのアリバイというのが、ヒットチャート一か月連続一位のご褒美に、一週間家でごろごろしていた、というのだから話にもならない。すべて本当のことなのだが……。
このまま泣き寝入りは悔しすぎる。が、ここまで鮮やかにマスコミを大々的に使って煽り立てられてしまえば、しばらく騒ぎが収まるまでおとなしくしているのが得策だと、会社が判断したのも無理はない。
鞠歌はギターもピアノも一流のプロ並みの腕がある。シンガーソングライターとして、作曲作詞のセンスもばっちりだ。容姿も歌手として申し分ない。鞠歌の実力ならきっとまた返り咲けるだろう。ただとても悔しい、それだけである。
俺がついていながら、鞠歌をこんな目にあわせてしまった。リリカ側の陰謀にまんまと引っかかってしまったことが、とても悔しい。
「浩介さん、今日インタビュー答えてきたから。もう大丈夫だよ」
能天気な声とともに、騒々しくドアを開けて鞠歌が入ってきた。
「なんのことだ? 昨日説明したよな、騒ぎが収まる一年くらいは活動停止だって」
「だから、停止しなくて大丈夫だよ。全部言ってきたから。アタシにリリカの譜面は読めるはずないってことを」
あっけらかんと鞠歌は言い放った。
実は鞠歌には一つ重大な欠陥があった。音楽的な才能も、恵まれた容姿も持っているのだが、ただ一つ、音符が読めないのだ。だから新しい曲は俺が一度ピアノで弾いてやる。そうするとその一度で覚えてしまい、アレンジもしてしまう。
作曲するときは、彼女がピアノで弾いた曲を俺が譜面に書き起こす。そうして出来上がったものを演奏してみて、その場で彼女がアレンジを加えていくのだ。
だから、いくらスタジオの合い鍵を持っていたところで、譜面を見る機会があったところで、鞠歌にはリリカの新曲を盗むことはできなかったのだ。
それから大騒ぎになったが、2週間後にはもう事は収まっていた。確かに本当のことを話すのが一番だ。だが、これを言う勇気は俺にはなかった。作詞作曲をこなすシンガーソングライターとして超一流の人間が、音符が読めないなんて。
「お前、よく言えたな」
ため息をつきながら俺は鞠歌に言った。それに鞠歌はこう答えたのだ。
「客観的に見て、これしかないじゃん。アタシは作曲できて、歌が歌えればそれでいいのよ」
そう言うと彼女はこの話はもう終わりとでも言うように、濃厚な口づけをしてきた。なんてドライな女。いつか俺の気持ちを理解してもらえる日は来るのだろうか……。